| 序章 名も無い奏者 ・・・・・・また、涙が、こぼれた。 涙には、意図して流れ、そして止まるものと、そうでないものの2つがある。 この場合は、後者の方だ。堪えようとどんなに下まぶたに力を込めても、どんなに 瞬きを繰り返しても、溢れた涙は成すすべもなく目じりや目頭からこぼれて頬を伝 っていく。止めたいと願う、本人の意思に背いて。 ・・・時々、そうだった。 どうしようもなく悲しくなって、心が締め付けられ、痙攣する。これ以上ないほどに、 身が縮んでしまう。何も、辺りの音が聞こえない。 そして、知覚する。 ・・・・・・泣いているのは、自分だ。 自分は、また泣いている・・・・・・と。 ・・・・・・・・・・・。 ふと気が付くと、彼女は何も無い、白いだだ広い空間に立っていた。大きな部屋なの だろうか。けれども、どこもかしこも白い色なので、どこまでが壁なのか、天井なのか、 じっと目を凝らしてみても、判断がつかなかった。そこに、今彼女はいる。 そして目の前には、まるで彼女を待っていたかのように、女の子が一人立っていた。 背の高さから見て、小学校の低学年だろうか。リボンのたくさん付いた、愛らしいピンクの ワンピースを着ている。黒い艶々した髪は肩まで伸びていて、白い肌と赤い唇とあわせ ると、まるで人形のようだった。けれども・・・人形にしては、少し大人びた表情をしている ようにも、見えた。そしてふと、彼女は首を傾げる。 どこかでこの少女を、見たことがあるようだった。・・・でも、よく思い出せない。思い出そ うとすると、手がかりとなるものがどんどんと遠ざかってしまう。 「・・・・・・あ・・・」 小さく、そう声を発した。発したのが自分なのか、目の前の少女なのかは、彼女自身も よく分からなかった。ただ、静かなこの場で、その声が際立って聞こえた。 目の前の少女は、少し口を開けているが、何も言おうとはしなかった。 じっと、彼女のことを見ていた。 「・・・・・・あ、貴女は?」 少しして、ようやく彼女はそう言う事ができた。今度ははっきりとした声だったから、少女 の耳にも届いたはずだ。一瞬、少女は目を見開いたように見えた。 少女の答えに期待していた彼女だったが、けれども少女は答えることなく、こちらに背 を向けて走っていってしまう。 「あ・・・待って!」 追いかけないといけない。・・・咄嗟に彼女はそう思った。そして一歩遅れて、彼女は 少女の背を追いかけた。 誰なのかは思い出せないが、あの子は自分のよく知っている人物だった。だから、会 えたのなら、もっと話をしたかった。 けれども、足の早さには少し自身がある彼女だが、どういうわけか、追いつくこと ができない。少女との距離は、縮まるどころか、どんどん開いていってしまう。 ・・・・・・・・・・。 少女の姿は、ついに白い影の中へと消えていってしまったのだった。 そしていつしか辺りは、白い・・・壁の見えなかった大きな空間から、徐々に、何かの 輪郭を伴った景色へと、変わりつつあった。 |