シリウス 番外エピソード2 「――黒爪、召喚」 1. 「…なんですって?」 何かの本を奥の席で読んでいたデルタは、イディアの言葉に視線を上げた。 「お願い。私と、勝負を…お願いします」 真剣な表情で、彼女はデルタに頼み込む。デルタは視線を本に戻して言った。 「…お断りします」 「デルタさん」 「ダメです」 にべもなくデルタは断る。まるで、戦う前から結果は分かっているとでも言いた げだ。 「お願いします!」 頭を下げながら頼みこむイディアに、ヴェルガーも加勢した。 「俺もあんたの戦い方を見てみたい。頼まれてもらえないか、デルタ」 「嫌です」 文字通り、斬って捨てるような口調で、彼は言う。いったい何が気に入らないと いうのだろう。 頭を下げたまま、その場を動こうとしないイディアが気になったのか、彼は溜め 息を吐きながら本を閉じた。 「何故、私と戦いたいのです…?」 「戦いに臨む前に…一緒に戦う人が、どんな戦いをするか知っておきたいから。 …それに」 イディアは顔を上げる。 「…私の力を試したいの。私の魔術がどこまで通用するのか…」 彼女の表情は、真剣そのものだった。鬼気迫るもの…彼女の強い遺志を感じさせ る。ヴェルガーは、そんな彼女を初めて見た。 デルタはと言えば、何かを考えているのかそのまま静かに彼女を見つめていた。 「…デルタ、どうして戦ってもらえないんだ?」 今度はヴェルガーがそう尋ねた。彼自身は興味本意なのだが、イディアは決して 遊び半分で言っているわけではない。その想いに応えられないなら、その理由を 聞きたかった。 「――戦いは、勝負することと必ずしも同義ではありません。貴女が望むのは、 練習試合ですか、それとも勝負なのですか」 「私は……」 彼女は、言葉を飲み込む。けれどもすぐに、彼女は答えた。 「勝負を、してください。練習では、意味がないんです」 彼女の答えに、デルタは視線を外に逸らしてた。 「…分かりました。そこまで言うのでしたら、私は貴女に応えなければなりません」 「それじゃあ…」 イディアの顔が明るく晴れる。勿論、緊張のために多少は頬が強張っているけれ ども。 「――ただし。私は全力は出しません。それでよいのであれば、相手をして差し 上げます」 「それじゃあ意味ないだろ、デルタ」 「…断っておきますが、貴方に勝負を見せるつもりはありませんよ。ヴェルガー」 「分かってます。それで、お願いします」 反論するヴェルガーを、デルタは突き放す。だがイディアの方は、特に不満はな いようであった。 デルタは彼女の返事に頷くと、本を持ったまま、宿を出ていこうとする。ヴェル ガーが、その後を追って宿を出て行った。 「おい、待て、デルタ!」 足早に歩くデルタに彼は追い縋った。わずかに駆け足で彼の前に歩み出たヴェル ガーは、その冴えざえとした相貌に一瞬怯んだ。 「何ですか…」 「色々と訊きてえことがある。なんで全力を出さねえんだ。イディアは真剣なん だぞ」 噛みつくような口調で問う彼に、デルタはやはり冷めた眼差しのままであった。 「確かに彼女は真剣ですが、命を賭してはいないでしょう。彼女が命を賭けるべ き相手は、私ではないはずです」 「イディアを舐めてると、痛い目をみるぜ」 「無論、手を抜くつもりはありません。…それに」 視線を逸らし、デルタは静かに続ける。 「本気というものは、相手を確実に仕止める時にしか出せないものですよ」 「カッコつけやがって。お前がどんな戦いをするのか、俺は見届けてやるぜ。必 ずな」 そう宣言するヴェルガーに、デルタは不快な顔をした。そして言いたいだけ言っ て彼は宿へと踵を返したため、呟いたデルタの声はついに届くことはなかった。 村の周りを囲む森を少し奥に入ったところに、ちょうどよく開けた場所があった。 明けて翌日、イディアとデルタの二人はそこに対峙した。 「呼んでもいないのに、随分と来たものですね…」 少し森に入ったところで、十人ほどのギャラリーが集まっていた。冷めた眼差し で、デルタはそちらを振り返った。 「巻き込んでも構わないんじゃない?」 対するイディアもなかなか冷めた意見であった。 時は昼を少し過ぎた頃。人が集まりやすい時刻ではある。 「夕刻までには、終わるといいですね」 「別にそれ以上でも、私は構わないわ…貴方さえよければ」 「……いいのですか?…夜は、私のテリトリーですよ」 意味深げに、彼は答える。イディアは内心疑問に思いつつも、戦うために杖を 構えた。 「じゃあ、そろそろ始めていいかしら」 「…どうぞ、どこからでも」 緩く微笑むデルタに、彼女は改めて緊張した。いったい、この人はどのような戦 い方をするのだろう? 術の詠唱に入るイディア。 「汝、我の力となりて立ちはだかるものへと駆れ――フレーム・テイル」 イディアを中心として、4つの炎が四方へと螺旋を描いて広がっていく。…否、 それは無秩序な広がりではない。徐々に炎はデルタを目指して収束しつつあった。 「…なるほど、炎を遣えるんですね」 炎はまるで導火線を這うように、彼をまっすぐに目指して進み来る。しかも、一点に まとまらず、バラバラなタイミングで迫ってくるようだ。 デルタは素早く風の術を唱えると、虚空に浮いてその一つをかわした。続いて、二 つ目をかわす。 だがしかし、炎は急なカーブを描いてデルタの影を追いかけた。 「…へぇ」 面白そうな声を上げて、デルタは今度は風を纏う。 素早く炎と距離をとり、次の術を唱えた。 「アイシクル」 二の腕ほどの大きさの氷柱が何本か、炎の縄に突き刺さり、その勢いを止める。 「ファイアボール!」 それと、イディアが術を放ったのが、同時だった。 一瞬遅れて振り返るデルタを、容赦なく大きな炎の塊が飲み込む。 「――インパクト!」 炎が割れて、腕を突き出したデルタの姿が浮かぶ。間髪入れずに、彼は次の術を 放った。 「――凍てつかせよ」 風の結界の消えた彼を中心として、見る間に雪原が広がっていく。 「フレア・ボム!」 迫り来る冷気を、イディスの術が弾き飛ばした。 冷気と熱気に、辺りが蒸気で充満する。 「……意外と、術の応用ができているようですね」 もやが晴れる頃、風を纏ったデルタが嬉しそうにそう言った。 「当たり前でしょ、学校じゃあ主席を目指してるんだから」 勝気な表情で、イディスは答える。 「これなら、私も防戦だけに専念しなくても済みそうです」 「そうじゃなきゃ、私も楽しめないわ!ファイアボール!」 言いながら、イディアは先ほどよりも小さな炎を数発、銃のように彼に撃ち込む。 同じ発動の詞で、違う効果を表す…それは応用力の高さを示していた。教科書に ある詠唱の詞の丸暗記だけでは、適わない技だ。 「ブリザード」 纏わせた風に、更に冷気を這わせて炎から身を守るデルタ。 「全力でこないと、少々痛いかもしれませんよ?…アイシーレイン!」 次の術の詠唱中にデルタの術に気が付いたイディアは、降り注ぐ氷の刃から慌て て身をかわす。放とうとした術の構成を無理矢理変えて、虚空の冷気に向かって 放った。 「フレアウェイブ!」 そして自身の放った炎の波が氷の刃を飲み込む前に、イディアはその場を離れて 次の攻撃に備える。 端から見れば互角に闘えているように見えるこの勝負だが、彼女は内心、デルタ の詠唱の早さに戦慄していた。普通に詠唱しているのならば、魔力の集中作業も 併せると、自分と同じくらいは時間がかかるはず…例えそれが、魔力が強大であ っても、だ。 確かに、特定の元素の術の詠唱時間を短縮させるための、基礎呪文というもの はある。だが、戦いの前に彼がそれを唱えていた様子はない。…いや、そもそも それをさせないために、詠唱が短く威力の高いフレームテイルで初めに攻撃した のだ。 「いったい、どんな技を使っているの…」 彼の戦いを見極めようとするイディア。その一瞬、動作が止まる。 「…来ないならこちらから行きますよ。ウィンドエッジ!」 魔力の集中時間ゼロ。それどころか、今の術はまともな詠唱の詞も無かったよう な気がする。そんなことが―― 迫りくる風の刃を、どうにか駆けて避けるイディア。 「…ファイアストーム!」 次にデルタの唱える術に対抗するために、駆けながら集中して唱えた強力な術を 放つ。 デルタのブリザードと、イディアの炎の嵐がまともにぶつかった。 「結界を――」 彼女の渾身の術は、冷気を巻き込んで勢いを衰えさせつつも、そのままデルタに 迫る。・・・それに一瞬早く気が付いたデルタは、どうやってか、風の結界を強 める。 イディアは、その光景に目を凝らした。いったい何をしているのだろう、彼は。 すぐに攻撃が迫ることが予想できたなら、普通は術を唱えるよりも先に…あるいは 唱えながら、避けるはず。詠唱は間に合わないからだ。 イディアは、これまでのデルタの術を思い返した。インパクト、ブリザード、 風の結界…。それらはすべて、風属性の術だ。自身が炎の術を扱うように、彼は風 を使う。 そう言えば…。彼女は思う。デルタはサモン・マスターと呼ばれた召喚師だ。 だが、まだ召喚獣の攻撃を出していない。やはり、全力は出さないと言ったからか…。 風の結界を強化したものの、彼は多少のダメージを受けたようであった。 残った電撃と炎が、彼の周りで小さくはじけている。 「…なかなかどうして、いい魔力を持っていますね…」 多少焦げたローブを見やりながら、いまだはじける微弱な電撃を叩いて消すデルタ。 「炎と雷…。攻撃属性の組み合わせとしては、最高の部類の一つでしょうね」 「他にも、まだあるっていうの?」 デルタは緩く笑って、それ以上は答えない。 とにかく… 彼女は思う。とにかく、風の術で防ぐことのできない術で攻めなければ、彼は次 の手を出してはこない…。ならば。 「我、汝が天駆ける力を求む。我の前に立ちはだかるものへと駆れ!サンダーボル ト」 杖に埋め込まれた宝玉からほどばしる雷が、 真っ直ぐデルタに向かって虚空を走 る。 「ヘイスト」 電撃を避けようと走り出した彼の姿が、さらに早く草地の上を動く。その姿を、 一瞬遅れて追尾する雷。 「フレアウェイブ!」 その逃げる方向に…炎の波が押し寄せる! 二つの強力な術の詠唱に、荒い息を吐きながら彼の様子を見つめるイディア。さ あ、どう出る、デルタ。 「――我の盾となれ。アイスシールド」 それは不可思議な光景だった。唱えた術は一つ。だが、どう見ても二つの術が同 時に放たれたようにしか彼女には見えなかった。 氷塊の盾が雷撃を阻み、そして風の結界が炎を押さえ込む。 術の衝突が生んだ衝撃波の後には、背を向けたデルタの姿があった。 その様を見て、イディアは確信する。――彼は、やはり1つの術しか唱えていない。 ならば…二つ目の術はどうやって? ――私はデルタ。召喚師デルタと言います。 彼が名乗る際、必ず名前に付ける職業名。…それは彼が、自分の職に…技に、自 信と誇りを持っているからに他ならない。その彼が…いかに手を抜いているとは いえ、得意の召喚術をまったく使わないということがあるだろうか。…それも、 全力で攻めている相手に向かって。 ≫2 へ |
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