#9
ラ・ズーを出て4日後、私たちはアスベスト帝国の首都、アスベストを目の当たりにした。
整然と並ぶ町並み。高く街全体を覆う城壁。かつてのロワールの首都とは大分違うその
光景に、私は気後れを隠せなかった。
だが、実際街に入ってみると―――
「なんだ・・・?」
活気というものが、まるで感じられなかった。人々は、ただ歩き、ただ話し、ただ物を買い
・・・ただ生活をしていた。あまり、着ている服なども派手な物ではない。
「何なの、この街・・・」
「これがアスベスト帝国の実情です。」
周りの様子を絶えず伺っているブレイズにつられて、私も辺りを見回してみた。ちらほらと
、警備兵が見える。
「どうやら、塀を登って入ってしまったのは、まずかったようですね。」
警備兵たちとの距離は、少しずつ狭まっていた。
「ひょっとして・・・やばい?」
「ええ、かなり。逃げた方がよろしいですね。」
「ああ。取り合えず、出直した方がよさそうだ。」
来た道を、我々は走り出した。表通りを抜け、路地に入り、そこからさらに狭いスラム通り
を行く。
左折して、あとは真っ直ぐ塀のところまで行くだけだと思ったその時。私は大きく右手に
引かれた。いや、正確には私たちが、だが。そのまま薄暗い部屋に放り込まれ、即口を
塞がれた。
扉のところには、外の様子を伺う男が二人。だが、どことなく見覚えがある。
「どこへいった、やつらは?」
「多分塀を越えたんだろう。塀の見張りも強化しなければならんな。行くぞ。」
そうして遠ざかっていく警備兵たちの気配。
「行きやしたな、親分。」
その男の声は、ティムによく似ていた。男の合図に、口を塞いでいた手が除かれた。そし
て戸口にいた二人は、私たちを地下室へと導いた。
「な・・・っ」
そこは、かなり広い部屋だった。そしてそこにいる人の数、およそ100人。しかも、見覚
えのある顔もちらほらと混じっていた。
「じ・・・ジェット様!」
「ほ、本当だ!」
「ジェット様だ!」
その場にいたのは、ロワールのもと兵士たち。口々に叫ばれる真の名に、私は何とも言
えない苦痛を覚えていた。
「彼の名は、ガルフです。ジェットとは真の名。ガルフと呼びなさい。」
ブレイズの言葉に、兵士たちは彼に注目した。そして次々に彼を、避難する。
「―――私は、13年前の過ちを正しに来たのです。」
それは言い訳ではなく、詫びだった。彼は怒号が止むまでその場で深く、頭を下げてい
た。
「―――ひどいな。」
今までのアスベスト帝国の様子を聞いた私は、深く溜め息を吐いた。
「臣下たちの姿が足りないようだが、それもアスベストが処分したというのか?」
「はい。逆らうものを、魔王の手先としてどこかで処分したと聞いています。」
ポッシュの意見に、ブレイズが付け加えた。
「ヤグリドですよ。アスベストは、そこで生き埋めにしたそうです。彼の行動を非難した仲
間もまた、そこに幽閉なりされたようです。」
「アスベストは、英雄として国を支配することを望んでいたんです。」
「酷すぎるわ。」
私は剣の刀身に視線を移した。
「私の国民を、よくここまで。」
刀身に映る顔が、自らを睨みつけた。
「でも、なんでブレイズはジェット様を魔王だと思ったんでやすか?そもそもそれが―――」
「勘違いしないでください。私は、アスベストに勇者として魔王を倒せと言っただけ。誰が
魔王だとは、言っておりません。全ては、アスベストの判断に任されたのです。」
「では、なぜアスベストはジェット様を魔王だと思ったんですか?」
「さて。彼は、貧しい村の出身でしたから、そのことを王のせいだと思ったのではないでし
ょうか。」
だが、現実には・・・・・・
「それでは、主が間違っていたってことになるんじゃないんすか?」
問うティムに、ブレイズは苦笑した。
「主に使える者にそれを聞くのは、少々卑怯だと思いますがね。」
「―――ガルフ様。」
固い口調でそう言われ、私はポッシュの方を振り返った。
「私は、ガルフ様に惹かれてここまで来ました。だから、私の気持ちを裏切らないでくださ
い。」
「勝手なことを言う。」
「ガルフ様!」
「・・・あとは、私にこの剣を使える力が本当にあるかということだ。」
刀身をしまい、私は席を立った。
「アスベストを、斬る力がな。」
城を攻めるのは、真夜中ということになった。それまでは仮眠を取ることになり、部屋の
中は雑魚寝する兵士たちで溢れた。あまり心地の良い空間とは言えない。やがて日は
暮れ、私が上の部屋に行ってみたときには、月明かりが閉められた窓の隙間からわず
かに漏れていた。
そしてそこには、そんな微光を楽しんでいるかのように、床に落ちた光を眺めるブレイズ
が座していた。
「―――眠れませんか?」
返す言葉が見付からず、黙ったまま私は彼に歩み寄った。
「お前は、主をどう思っているのだ?」
「―――さあ。ですが、貴方に出会ってから私は、主の導きに疑念を抱くようになりました
。・・・あまりにも、流されてしまう人が多すぎて。」
そう語るブレイズは、床の光を見つめたままであった。
「主はなぜ、我々に真の名を付けたのだ?」
その私の言葉に、彼は初めて視線を私に向けた。その瞳に帯びた光は、ラ・ズーで見た
ときと同じもの。
「主は、私たちを創られ、私たちが主のものであるという証に、私たちに名を付けられた。」
「それが、真の名か。」
「私たちを、縛るものです。真の名を使って主は私たちを創り、そして消します。主に使え
る者は、主から真の名を聞いてそれを自分で支配することで、主の束縛の一部・・・つま
り生と死から解放されるのです。」
「勝手な話だな。」
ブレイズは自嘲気味に笑った。
「そうですね。ですが、真の名を知ったところで主と同じ位置につくわけではありません。
主は、真の名だけで私たちを支配してるわけではないということでしょう。」
「お前は、どうして主に使えようと思ったのだ?」
「分かりません。私もただ、流されていただけなのかもしれませんね。・・・・・・ジェット。」
立ち上がり、彼は私に背を向けて言った。
「真の意志でなければ、流れは止められない。―――分かっていますね?」
「覚悟はしている。あとは、私に力があるかどうか、それだけだ。」
ブレイズは振り返り、研ぎ澄まされた自らの剣の切っ先を私に向けた。
「その力、試させて差し上げましょう。」
穏やかに言う彼の口元は、微かに笑っていた。
「ガルフ、どこへ行ってたのよ!?それにブレイズも。てっきり早まったのかと思ったわ。」
部屋に戻った私たちを迎えたのは、他でもないロットだった。―――今回は、仁王立ちで
はなかったが。
「すまんな。・・・・・・ロット、皆を起こしてきてくれ。」
「まったく。・・・でも本当にどこに行ってたの?」
「自分に自信をつけてきただけだ。―――そろそろだな。ロットは、夜が明けるまでここに
いろ。外には出るな。」
ロットにそう念を押して、私は家の扉を開けた。
―――
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