#7


―――ここは、どこだろう。

ああ、ロワール城の私の部屋か。

それにしても暗いな。

もっとも、窓もないのだから仕方がないか。


コンッコンッコンッ


ノック音が3回。至急のことだな。

「―――どうした。」

「・・・じ・・・・・・ジェット様・・・」

「だからどうしたというのだ?」

「お・・・お逃げ下さ・・・い・・・・・・アスベストが・・・城に。」

どうやら、衛兵では太刀打ち出来ないらしい。

アスベストのことは聞いている。

導く者によって勇者として導かれた、ロワール南部の村で生まれた男。

なかなかの剣の使い手だと聞いていた。その手には、真実以外の全てのものを断ち切

ることができる剣が煌めいている、と。


―――真の名で呼ばれることが無くなるのなら、その刃を受けてみるのもいいかもしれ

ない。

叫び声が聞こえた。

「魔王ジェット!どこにいる!!」

私は呪を唱え、部屋の前に光球を作り出した。これなら、アスベストも気付くだろう。


部屋に着いたアスベストたちを、私は玉座に着いたままで向かえた。

中央に、剣の柄を握って構えているのが、おそらくアスベストその人であろう。

不健康そうな顔色で、眼光鋭く私を睨みつけている。

周りにいるのは、彼の仲間たちか。その中でひとりだけ、・・・白い礼服を着た金髪の男

だけが浮いて見えた。

口元に、怪し気な笑みを称えている。

「よくきたな、アスベスト。」

無表情に言う私を、睨みつけている取り巻きたち。

「滅びよ、魔王!」

アスベストの引き抜いた大振りの剣を、私は自らの剣で受け止めた。横から、仲間たち

が援護攻撃ををするが、取るに足らない。剣を振るうに連れて、アスベストとの鍔競り合

いの間隔が長くなってきていた。


―――あとは、彼が本当に剣を使えるかだが・・・・・・


私の剣に弾かれた彼の刃が、反転した。

その切っ先は、私の心臓を真っ直ぐに指している。

これで、真の名で呼ばれなくなる。待ち詫びた時が、すぐそこに来ていた。



そしてアスベストの剣は私を貫いた。


私の瞳は、彼の瞳を見ていた。


彼の瞳もまた、私の瞳を見ていた。

彼は微笑んだ。

「これで、ロワールも終りだ。」

彼は剣を私の体から引き抜いた。そうして彼は、仰向けに倒れた私の体の上に、自らの

剣を投げ捨てた。

アスベストの気配が遠ざかり、続いて何者かの気配が近付いてくるのを、私は恍惚と感

じていた。


眼前の暗闇に、金髪が揺れた。


「―――夢は、いかがでしたか?」

「・・・私は・・・・・・」

痛みはない。起き上がることもできる。

体には毛布が掛けられていた。目の前には、ブレイズが佇んでいる。

そこは、日が暮れて暗くなった宿屋の一室だった。

「どうされましたか?」

「・・・何か私にしたか?」

「何も。私は今戻ってきたばかりです。・・・どうかしたのですか?」

「・・・・・・いや」

あいまいに答えた私に、彼は微笑んだ。

「そんなはずはない。貴方は、自らを私と言った。それは、貴方が魔王だったときと同じ話

し方です。」

・・・・・・今のは、夢だったのだろうか。それとも―――

「どうやら、昔のことを少し思い出されたようですね。」

「そう・・・だな。」

ブレイズは、ベッドのそばの椅子に腰かけた。

「これからどうされますか?」

「・・・さあな。」

「アスベストを、倒さなければならないのでは?」

「それがお前の言う主の導きか。だが、肝心のお前はどう思っているのだ?」

「これは、主の導きではありません。私の考えですよ、ジェット。」

無言で送った私の訝しげな視線を、彼は受け流した。

「・・・どう考えて頂いても、構いませんがね。」

そういえば、と彼は続けた。

「男二人は置いておいて、ロットさんは、どうしたのですか?」

「いや、私は寝ていた。出ていったのなら、その間にだろう。」

ブレイズは、引き抜いた自らの得物の刀身を眺めた。大分使っているのか、剣には歯こ

ぼれが目だった。

「―――いいのですか?」

「何を?」

「彼女、もう戻って来ないかもしれませんよ。それから、あの二人も。」

「―――未来は分からないのではなかったのか?」

刀身を鞘に戻し、彼は席を立った。

「貴方は13年前、そのような意味であの言葉を言ったわけではないでしょう。」

「どういう意味だ?」

「さぁ・・・。私は少し、外に出てきます。」

明かりもつけずに、ブレイズはローブを身に纏って部屋を出ていった。


―――しばしの静寂。


「未来は誰にも分からない・・・か。」

皆がいなくなった今、私は自由だった。ベッドから起き上がり、剣の置いてある棚へと近

付いた。


―――ここで自ら死を図っても、誰も止めはしないだろう。

手に取り、その柄を握り締めた。

「私は何故、ここにいる?」

一度は失いかけた命。

こんな命など、惜しいとは思わない。それでも私が生きているのは、それが運命だからな

のか。

「・・・違うな。」

誰かに生かされているのではない。私が、生きているのだ。

いや・・・・・・

満点の星空を見上げて、私は気が付いた。

実のところは、自分がそう思いたいだけなのかもしれない。

生かされているのではない、と。

13年前。

私は魔王と呼ばれたが、ついにそれを否定することができなかった。

それが、私の・・・ジェットの運命だったのだろう。

魔王として、生かされていた。

そして今は、ガルフとして、生かされている。

おそらく私の死まで、そう運命付けられているのだろう。

私は、歯形が残るほどに、下唇を噛み締めた。無償に悔しかった。

「―――私は・・・」

私には、運命の流れを変えられるほどの力はない。


ないけれども。


それに逆らおうとして生きることは、出来る。

その意志を、持つことならば。

「・・・・・・っ。」

そして私にはやっと分かった。

魔王だったときに、自分が言い残した言葉の意味を。


―――未来は誰にも分からない。だから面白いんだ。


それは、運命という力に流されたくはないという、絶対の意志の表れ。

そして、導く者を狂わせた言葉。

「―――少し、外に出るか。」

抜き身のままの剣に布を巻き、コインを少しばかりポケットにいれた。剣をベルトで固定し

、身の周りを確認して部屋の扉を開けた。


そこに、ロットがいた。

「部屋に、入らないのか?」

彼女は何も言わずに、ただ脅えたような眼差しで、私のことを見ていた。

「私は少し歩いてくる。用がないなら、部屋にいた方がいい。」

呆然としている彼女の横を通りすぎた時、彼女が振り返って言った。

「―――ジェット。」

その言葉に、何かを押し殺したような響きを感じて、私も背後を振り返った。

「図書館に、行ってきたの。」

彼女の言葉には、明らかに畏怖の念が伺えた。

「13年経っても、変わってない。魔王の姿と・・・」

握り締めた彼女の両の拳が、震えていた。

「化け物だわ・・・っ」

そう言うと、彼女は私の制止を降りきって、走り去ってしまった。





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