#6


気が付いたとき、私の眼前には見覚えのない天井があった。

私は目だけを動かして、辺りの様子を探った。

どうやら、どこかの部屋のようだが・・・

ふと、左の腕に重さを感じて頭をもたげてみると、うつ伏せになったロットがいた。静かな

寝息をたてている。

「―――おい・・・」

少し腕を動かすと、彼女は頭を上げた。

「・・・ん・・・あっ、ガルフ!よかった、生きてたのね!四日も目を覚まさないから、もう駄

目かと思ったわ・・・具合いは、どう?」

「―――良くも悪くもないな。」

「・・・それは、良かった。」

第三者の声に、私はベッドから飛び降りた。

「そんなに警戒しなくても、私は貴方を殺そうなどとは思っていませんよ。―――もし考え

ていたならば、四日も長生きさせて上げてはいませんから。」

言って男は・・・ブレイズは笑みを浮かべた。そして、ベッドへと促す。

「安静にしていてください。・・・せっかく助かった命がもったいないですよ、ジェット。」

その瞳には、侮辱とも哀情とも違う不思議な色が伺えた。警戒しながらも床に着く私を確

認して、今度はロットに声をかけた。

「申し訳ありませんが、二人にして頂けませんか。他人に聞かれて嬉しいような話ではあ

りませんから。」

「・・・とか言って、ガルフをやっぱり始末しようって考えてるんじゃないでしょうね?」

「―――まさか。そんなに殺したいのなら、今すぐ貴方を切り捨てて実行しますよ。・・・さ

あ、行ってください。」

男を睨みながら、彼女は部屋を出ていった。


「―――さて。」

彼は私に向き直ると、そう切り出した。相変わらず皮肉げな微笑みをしているところが、

なんとも気に入らない。

「お前達はなぜ、俺を魔王の名で呼ぶ。」

「貴方がかつて魔王だったからですよ。・・・覚えていらっしゃらないのですか?」

「冗談に聞こえる。」

「無理もありません。貴方は13年前に一度、死んでいる。生き返れたのは、真の名を知

っているからでしょう。」

「―――真の名?」

分からないことが、多すぎる。

「真の名。主から与えられた名前のことです。普通の人の場合、記憶の奥底に眠ってい

て、その名で呼ばれることや、思い出すことはありません。真の名を知ることができるの

は、主に使える者だけです。・・・しかし貴方は、真の名を自ら知ってしまった。」

「それが、ジェットか。」

「・・・ええ。真の名を自ら掌握することで、貴方は主の支配から逃れることができた。だ

から、生き返ることができたのです。」

「―――お前たちも、そうなのか?」

「たち・・・?他に、貴方のことを真の名で呼んだ方がいるのですか?」

―――ヤグリドにいた、黒衣の男。彼は明らかに私のことを知っていた。

「ヤグリドへ向かわれていたのですか・・・道理で到着が遅かったわけですね。しかし、あ

まり都合が良くない。」

「あの男は、誰だ。」

「彼はアスベストに利用された男。ロワールの財宝を条件に、アスベストが幽閉している

のです。」

「幽閉・・・?」

「彼が貴方のことを、アスベストに伝えなければいいのですがね・・・。それよりも―――」

そうして彼は、私を真っ直ぐに見つめた。

「貴方は過去を知りたいですか?」

「それを私が知ってどうする?私は今を生きているだけだ。」

「でもこのままで、貴方は自分を自分として、はたして生きていけますか?・・・それに私

も導きづらい。」

「・・・俺に、過去を知れ、と?」

「その方が、貴方のためになると思いますがね。」

そう言ってブレイズは、私の釈然としない顔を見て微笑する。

「―――まずは私の身分を明かせと。・・・いいでしょう。私はブレイズ。真の名を知る者・

・・つまり、主に使える者。そして主の言葉に従って、人を導く者。私は13年前に、アスベ

ストを英雄として導いた。そして彼は、貴方を・・・魔王を倒した。」

彼は溜め息を吐くと、窓辺に向かった。

「初めは、それでいいと思っていました。それが、アスベストとジェットと・・・そして私の運

命なのだと。しかし―――」

彼は、窓の近くの棚に置かれた私の剣に手を伸ばした。

「彼はこの剣を捨て、別の道を歩くようになった。」

その刀身は、窓からの日の光を受けて、沈んだ光沢を放っている。

「この剣は、持ち主の望む物全てを断つことができる。それが正しい持ち主ならばの話で

すが。・・・彼は、この剣を扱うことができなかった。・・・貴方は砂漠で蠍を切りましたね?」

ポッシュたちとロワールをたって三日目だったか。私たちは蠍に襲われた。あの時の、剣

の感触・・・・・・

「お前があの蠍をけしかけたのか?」

「貴方が本当にこの剣を使いこなせるのかを試したのです。そして貴方が、魔王だったの

かを。」

ちょうどその時、ドアをノックする音が聞こえた。

「―――はい。」

剣を元の位置に置いて、ブレイズは扉を開けた。

「ガルフ様が気が付いたってロットから聞いて。」

「ええ。―――話も終りましたし、彼女も連れてきてください。皆さんに、お話があります。」


ブレイズの話は、端的なものだった。

彼が主に使える者で、アスベストを英雄として導いたということ。

この13年間、ずっとジェットのことを調べていたこと。

そして、―――私が魔王ジェットその人であること。

一通り話終えて、ブレイズは席についた。

「そんな・・・ガルフが、魔王だったなんて・・・」

「あっしは、信じないです!」

「―――信じるも信じないも、私は真実を述べただけです。」

二人の意見を切り捨てるように言ったブレイズを横目に見ながら、ポッシュは、黙ったま

まドアに向かっていった。

「―――どちらへ行かれるんですか、ポッシュさん。」

「・・・俺はアンタを、13年前に城で見た。だから、アンタの言っていることは本当だろう。

―――俺は、魔王と馴れ合う気はない。」

ポッシュはそのまま部屋を出ていった。ティムが、その後を追い掛けた。

ロットはあまりのことに呆然と床を見つめている。


ブレイズは溜め息を吐きながら窓の外を見上げた。

「―――どうして、人は運命に流されてしまうんでしょうね?」

ベッドに横になっていた私は、ブレイズの意味ありげな言葉に頭をもたげた。

「未来は誰にも分かりません。だから面白いというのに。」

彼のその言葉に、私は目を見開いた。

「その言葉は、お前が言ったのか?」

「・・・いいえ。貴方が言っていた言葉ですよ。貴方の・・・・・・魔王ジェットの死に際に、で

すがね。」

彼はそう言うと、瞳に不思議な色を称えて外へ出ていった。



―――未来は誰にも分からない。だから面白い。


かつての自分が言った言葉。

私は何を思って、言ったのだろう。

死なないことを知っていたのだろうか。



重い何かを背負っているような気がした。

その妙な気だるさに、私は目を閉じた。





                                            ―――#7へ