#5
ラ・ズーの街へは、ヤグリドから馬車で二日ほど。退屈な時間を私は眠って過ごした。窓
辺に座って目を閉じると、外からの柔い風が顔を撫でていき、とても気持が良かった。
三人の会話が聞こえたのは、私がそうやって風に吹かれているときだった。
「・・・ねえ。」
「あ?」
「なんっすか?」
再び御者台に座っているロットの声に、ポッシュとティムが返事を返した。
「なんであんたたちは、ガルフに付いてきたの?ガルフってあんたたちの敵じゃないの?」
二人がどんな表情をしているのかは、目を閉じているので分からなかった。少しの間を置
いて、ポッシュが答えた。
「俺は、最初は仲間の仇を取ろうと思っていた。・・・だけどな、途中から、ガルフ様に惹
かれてきちまってな。意外と、しっかりした考えを持ってるし、強いし、・・・なんか付いてい
きたくなるんだよ。」
「ふぅん・・・」
「―――俺は初めは金目当てだったんやけどな、ほら、着てたもんや得物が高価そうだ
ったろ?けどな、あの蠍のときに助けてもらってな・・・男として惚れてしもたんや。俺もあ
んな風に強くなりたいなって。」
二人の勝手な意見に、私は内心苦笑した。姿勢はそのままで、話に耳を傾けてみた。
「だけどよ、ロットはなんで付いてきたんだ?」
「そうだ。わざわざ馬車まで盗んで付いてくるなんてな。どうかしてやすよ。」
「もしかして、あんたも惚れたのか?」
からかうような口調で、ポッシュはロットに聞いてみた。
「ま、まさか。お金に決まってるでしょ、お金。」
「へぇ〜。」
「な、なによ!」
声のした方向からすると、彼女は後ろ向き。馬は、彼女が馬車の操者である。
「後ろ向きでは馬は操れんぞ。」
私の言葉に、三人はほぼ同時に私を振り返った。そして、口々に文句を言う。
「が、ガルフ!」
「寝てたんじゃなかったんで!?」
「盗み聞きはひどいですよ!!」
「暇潰しにはいい。」
「あっしらは、ガルフ様の暇潰し道具ではありやせん!!」
馬車の荷台が再び傾き倒れるまで、私は三人に責められることになった。
ラ・ズー。アスベスト帝国の東の端に位置する街・・・だそうだ。以前ポッシュとティムが仕
事で何度か行ったことがあったらしい。
「―――盗賊家業も大変だな。」
「いや、違いやす。」
私の意見に、珍しく真剣な顔でティムは言った。
「私たちは、もともとロワールの役人でした。」
「―――だが、王の顔は見たことがないと言っていたな?」
「はい。ジェット様が自室から出られるところを見たものは、側近以外いないそうで。」
「でもロワールは平和でした。・・・あいつが来るまでは。」
どうやらポッシュとティムは、役人としての仕事で来たことがあるらしい。
そしておそらく彼等の地位を奪ったのは、アスベスト。
ジェットはなぜ、人々の前に姿を現さなかったのだろうか。
王の姿の見えない、平和な国。王はいったい何をしていたのか。
平和に見えることと、平和であることは違う。
その考えのギャップが、王と国民の間にあったとしたら―――そのようなことをロワール
の外から来た人に言われて、果たして王の姿を見たことのない国民は、否定することが
できるだろうか。ましてや、それが“勇者”と呼ばれる者の言葉ならば・・・。
だが、それで国が傾くことになっても、それは王自信の責任である。
王はいったい、何を考えていたのだろうか。
「お前達は、王をどう思っていた?」
「・・・あっしには分からないです。いい王だとも、悪い王だとも、思えないっす。」
「私は、ジェット様を許すことはできません。本当に国のことを考えていたのなら、どうして
アスベストの言い分を否定しなかったんです。どうしてあの方は、何もなさらなかったの
ですか!アスベストも憎いですが、ジェット様も憎いです。」
その言葉は、まぎれもない真実を私に伝えた。
馬車を降り、ポッシュとティムに宿屋を探させている間、私は街を散策してみることにした。
時刻は夕方。通りには人が多く行き交う。店はそれぞれに賑わっていた。ロワールよりも
活気を感じるのは、やはりアスベストのせいか。
私は角を曲がり、裏通りへと足を運んだ。
そして私は、再び殺意を帯びた視線を感じていた。
大分離れた直線上。
見覚えのあるフードを被った影が、私の気付くのを待っているかのようにそこに静止して
いた。
そして、歪む口元。
私は人を押し退けながら、駆けていく人影に追いすがった。
路地を抜け、さらに裏通りへと走っていく。
「―――ガルフ?」
途中、ロットの声を聞いたような気もしたが、今は返事をしている余裕はない。人影は、
確実に人がいないところに私を誘導していた。
そしていつしか、私は林の中に来ていた。
「ここまでくれば、いいだろう。」
私の言葉に人影はゆっくり立ち止まり、こちらを振り向いた。
「―――久しぶりですね、ジェット・・・・・・いえ、今はガルフと呼ばれているようですが。」
声色からすると、相手は男。しかも、その声に私は聞き覚えがあった。
いぶかしげな視線を送っていると、男はフードを後ろに下ろした。
風に、長い金髪が流れた。その斐翠色の双眸は、私の瞳を直視していた。
「13年になりますか。お変りありませんね。これも、真の名のせいでしょうか。」
「・・・お前は誰だ。」
私の言葉に、男は薄く笑った。冷笑か。
「私はブレイズ。かつての英雄を、導いた者。そして―――」
そう言って、彼は瞼を閉じる。
「貴方を・・・魔王を倒した者。」
「なんだと・・・・・・?」
私には、ブレイズの言っていることが分からなかった。
「貴方は、かつての魔王です。その背にある剣が、それを証す。」
私は、背に架けていた剣を手に取り、巻いていた布を剥いだ。
黒い刀身が、私の顔を写し出す。
「もし、それが本当のことならば・・・」
しかし睨み据えたが、男を威圧することはできなかった。
「なぜ再び俺の前に現れた?」
「確かめるためですよ。貴方のことを。」
「お前はいったい、何者だ・・・。」
「言ったはずですよ。貴方を、倒した者だと。・・・13年前にね。」
男の言葉に、私は剣を構えた。
「それがもし本当なら、俺はお前を許せない。」
その言葉を聞いて、ブレイズは再び笑みを浮かべた。
「―――勝てますか、この私に。」
「さあな。」
地を蹴る私に、ブレイズは何の構えも見せなかった。振るわれる剣を交わし、避けるだけ。
「―――まさか貴方が、自ら剣を取られるとは・・・13年前の貴方からは想像もできない
ことですね。これが時の流れというものでしょうか。」
私の突き出した剣を、男は細身の剣で受け止めた。
「―――覚えていますか?」
ブレイズの言葉に私は眉を潜めた。次の瞬間。
「こうしてアスベストの剣が貴方を貫いたことを。」
不覚にも、伸びた剣を私は交すことができなかった。
そして一拍置いて全身を走った激痛に、意識が遠のいていく。
「―――ガルフッ!!」
ロットに似た声を私の耳は聞き取ったが・・・・・・それまでだった。
―――
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