#3


それから砂漠を歩き通して二日。

通り雨で補給した水も尽き、私たちは炎天下の中、死にかけていた。

いや、私はどうでもいいのだが・・・ポッシュとティムは、文句を言うことすらできずに虚空

を見つめていた。

そう、二人とも倒れていた。

そして私はただ、夜が来るのを待っていた。あるいは、雨が降るのを。

このままでは、二人は死に絶える。

砂漠の蠍というのも、どうやら名ばかりだったようだ。・・・いや、そんなことはどうでもいい。

考えたら、私が目を覚ました場所も、こんなところだった。

こんなところに寝ていれば、恐らく数日で干からびる。

やはり、私は死んでいたのだろうか。


そんな他愛もないことを考える私の耳に、馬車の車輪の音が聞こえてきたのはまもなく

のことだった。

ついている。

それとも二人の悪運の強さを称えるべきか。

ほどなくして、馬車の姿が見えた。馬が2頭で引く小型の馬車だった。ベールを被った御

者は私の目の前で馬を止めると、御者台から降りた。

「こんなところを歩こうだなんて、いったいどういう了見かしらね。」

突けんどんなもの言い。聞き覚えがある。

「一昨日の財布泥棒か。何の用だ。」

「失礼な人ね、せっかくこれを届けて上げようと思ったのに。」

「―――何をだ?」

尋ねる私に、彼女は見覚えのある麻袋を投げて寄越した。中には、綺麗に洗濯された服

が一着、入っていた。―――私がもともと着ていた服。

「それ、シルク製じゃない。そんなものを捨てるなんて、どうかしてるわ。」

「―――礼は出ないことを知っていて、持ってきたのか?しかも馬車まで盗んで。」

私の言葉に、女は言葉に詰まっていた。

「そ、それは・・・ほら、シルクなんて着てるから、金持ちなんじゃないかって思ったのよっ

。でも礼が出せないって言うのなら・・・」

そして女はとんでもないことを言ってのけた。

「私を仲間にいれてちょうだい。・・・いやとは言わせないわよ。」

あまりの厚かましさに、呆然とすること暫し。

「―――物好きな奴だな。勝手にしろ。」

それが私の下した答えだった。女は御者台に戻ると、顔のスカーフを下ろして言った。

「私は、ロット=コンバート。ガルフ、さっさとその二人を運んで水を飲ませた方がいいわ

よ。」

溜め息を吐く私に、女は勝ち誇ったような表情をした。他に仕方もなく、私は女の言う通

りに荷台に乗った。



「なんですって?ヤグリドに何の用があるっていうの?」

他の二人同様、私の提案は嫌そうな顔に迎えられた。

「ポッシュとティムにも言ったが、いやならヤグリドで私を下ろしてくれるだけでいい。」

しかし予想を裏切って、ロットは食い下がった。

「いったい何を考えているの?いいこと、私を連れていくことが条件だったはずよ。その私

が嫌だって言ってるの!」

「―――聞く耳持たん。」

「じゃあ降ろさないわ。」

「ならばお前を剣の錆にしてやるだけだ。」

「・・・。」

それきり、彼女は黙ってしまった。

私は荷台の窓枠に肘をつくと、代わり映えのない砂漠の風景に視線を向けた。



『未来は誰にも分からない。だから面白いんだ。』



ふたたび脳裏に現れた 言葉。

未来は誰にも分からない。

そんなことは、わかっている。だが・・・

運命という力が存在しているのならば、その力の影響を受けていない者にしか、面白い

などとは言えないはずだ。

すなわち、観察者。

私は以前観察者だったのか。

―――否。

それは、本能が否定した。

暇そうにしているポッシュに、その言葉について聞いてみた。

「―――なんです、そりゃ?なぞかけですか?」

予想通り、何の収穫もなかった。ちなみに、ティムの意識はまだ回復していない。

「きっとすごい偉人の言葉ね。私も似たような言葉を知ってるわ。『運命は、変えられる』・

・・短い言葉だけど。」

話に割り込んできたのはロットだった。

「誰の言葉だ?」

「・・・ヤグリドに行かないって言うなら、教えてもいいわ。」

「ならいい。」

「貴方がなんでヤグリドに行きたいかは知らないわ。でもね、行くんだったら仲間の命の

保証はしてもらうわよ!」

反論しようとして口を開きかけた私は次の瞬間、大きな荷台の揺れによって窓から外に

放り出された。

別に彼女が意図してやったことではない。

その証拠に、彼女は悲鳴を上げているし、馬は混乱にいな鳴いている。

―――大蠍。

おそらくは得物を見つけて、尾を地面にたたき付けたのだろう。幸い、砂地だったおかげ

で衝撃は大分軽減されている。

安否の確認と剣を取りに、私は傾いた荷台に戻った。

「―――あっしのことは置いて、早く・・・」

「ロット」

私は振動で意識が戻ったティムを無視して、馬を操っていたロットを呼んだ。

「ティムを見ていろ。ポッシュは馬を。」

「ちょっと、なにしようって言うのよ!」

「一人じゃ無理です、ガルフ様!」

私は風を纏いながら砂地を走った。気持が妙に高揚している。陽光に閃く剣が眩しい。

まずは、標的との距離を詰めること。

相手は体が大きくても、動きは意外に敏捷だった。不用意に近付けば、四対の足に踏み

潰されるだろう。

伸ばされた足を無意識に交わし、剣で薙ぐ。

一瞬、撥ね返されると思い力を抜いたが、刃はそのまま前足を貫通した。

手応えを、ほとんど感じない。まるで空気を斬るように、刃の動きは滑らかだった。

もう片方の前足の攻撃を剣で受け止めようとしたが、刃はまたも降り下ろされた凶器を貫

通した。後方で、切られた足が、血渋きとともに空を舞った。

私の攻撃に怒りを覚えたのか、尾が空気をえぐるような勢いで頭上に迫る。攻撃と、その

次に来るであろう振動を避けるために宙へ跳ぶ私を追って、鋭い針の付いた尾が反転し、

しなった。

そこを振り向き様に一閃する。

血が、剣の動きに沿って、虚空にその軌跡を描いた。

尾を切られ、動き鈍くなった蠍を仕留めるのに、それほど時間は掛らなかった。

返り血を浴びて、服はまたべとべとになっていた。そんな私のことを、ロットは驚きとも畏

怖ともつかない顔で見ていた。

「・・・す、凄い。」

歩み寄る私の耳に、そんな彼女の呟きが聞こえた。

「―――仮は、返した。ヤグリドへ行ってもらうからな。」

私の言葉に、もはや諦めにも似た表情で頷くロットだった。



馬車の旅も悪くはない―――そう思うようになったのは、ヤグリドに大分近付いた頃だっ

た。
周りの風景はいつしか荒野、森へと変わっていた。

「この前の言葉だけど・・・」

暇潰しに窓から半身を乗り出し、ぶら下がるような格好で森林浴をしていた私に、彼女は

そう切り出した。

「『運命は変えられる』って言葉、あれは魔王を倒した勇者アスベスト様が言ったのよ。」

「―――アスベスト・・・」

どこかで聞いたような覚えのあるその言葉を、私は口の中で言ってみた。

「あ、そっか。ガルフには分からないんだったわね。今から15年くらい前、ロワールは魔

王と呼ばれる男に支配されていたの。まあでも、国の治安が悪かったわけじゃあないし、

圧政をしてたわけでもないんだけどね・・・て、これは母さんの話だけど。」

「なぜその男は、魔王と呼ばれるようになった?」

「それは、私にはちょっと・・・」

「アスベストです。」

ロットの後を、ポッシュが次ぐ。

「アスベストがもともと言い出したって話です。ロワールを潰して、新しく帝国を創ったんで

すからね。そう言われても無理ないと思いますよ。」

いささか嫌悪の感情が伺えるような口調で、彼は言った。

ということは、ポッシュはアスベストのことを知っているのだろう。アスベストとは、どういう

人なのか―――

「アスベストは、俺たちの国をめちゃくちゃにしやがったんだ!魔王が世界の支配を企ん

でいるって言ってな!」

「―――熱くなるな。それで、魔王と呼ばれた男はどうしたんだ。」

怒りに任せて怒鳴り散らす彼をなだめて、身を起こした私は聞いた。

「王は、弁明もしなかったんです。まあ、王の姿を見た人はいなかったし、王自身も否定

も肯定もされていなかったので、勇者の言葉を否定する者が出てこな

かったのも仕方ないんでしょうが・・・どうにも納得いきませんでしたね。」

「その王は、どうなったんだ?」

その私の言葉に、ポッシュは首を振って答えた。

「分かりません。倒された魔王について触れることを、アスベストは禁じましたから、私に

は何も。」

「―――そうか。・・・ティムの様子はどうだ?」

芝居か本当か、相変わらずティムは調子が良くなっていたかった。

「まあ、大丈夫でしょう。砂漠の蠍と言っても、私達はロワール近辺で活動してましたから

・・・と、そういえば」

話の途中で、ポッシュは真面目な表情でそう呟いた。

「気になってたんですがね。昨日の蠍ですが・・・蠍は普通、夜活動するもんなんです。そ

れで、なんかおかしいなと・・・。」

「そういえばそうよね。」

彼の言葉に、ロットも頷く。

「―――そうか。」

ぼんやりと、そう相槌を打った私に、ポッシュは呆れたような声を上げた。

「そうか・・・って、もう少し驚かないんですか!?命を狙われていたかも知れないんです

よ!」

なかなか的を得ているポッシュの意見に、ロワールで見たフードの人物が思い出された
。

「―――本当に私を狙っているのなら、またやってくるはずだ。・・・それより、ヤグリドは

あとどれくらいだ?」

「・・・もうすぐ、着くわよ。・・・・・・本当に寄る気なの、ガルフ?」

困惑顔のロットを、退屈していた私はからかってみた。

「―――そんなに亡霊が怖いのか?」

「ち、違うわよ!」

「なら、なんの不都合がある?」

「行ってもなんの特もないじゃない!」

「私が楽しめる。」

「私はガルフの下部じゃないの!」

「おや、そうだったかな。」

ポッシュと、いつの間にか起きていたティムが大きな笑い声を上げた。それにつられて、

私も小さく笑う。

「笑い事じゃないわよ、もう!」

馬を操っているので顔は見えないが、ロットの声に棘はなくなっていた。・・・どうやら、少

しは行く気になってくれたようだ。

「―――まあ、命の保証くらいはしてやるか。」

呟いた私のその声は、三人の笑い声とともに風に溶けていった。



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