#1
あてはなかった。
そう、ただ歩くだけである。左手に下げた抜き身の剣が、やたらと重く感じられる。
永遠に続くとも思えたこの状況が一変したのは、陽が地平線に向かって傾き始めたころ
だった。
人が、一人、二人・・・私の前に現れた。もちろんいきなり出現したわけではなく、物陰か
ら出てきたわけだが―――
「・・・なんだ、単なるごろつきか?」
えらい言われように、憮然とした表情のまま立っていると、もう一人が言った。
「でも親方、あいつの持ってる得物は結構いいものですぜ。」
どうやら私の持っている剣のことを言っているらしい。先ほど見たときはさして興味がなか
ったせいか、確かに今よく見てみると、なかなか精巧な作りがそこか
しこに施されている。
「兄さん、ここから先へはただじゃあ渡れやせんぜ。」
親分と言われた方に視線を向けて、私は尋ねた。
「それは、これを置いていけということか?」
「そういうこった。なんなら、命を置いていってもいいぜ。」
男は満足気にそう言った。どうやら、風体から盗賊のようだ。
「―――悪いが、断る。これは、唯一私の存在を証すものだ。他人においそれとくれてや
るわけにはいかない。」
私のこの答えは予想済みだったらしい。面白くもなさそうな顔で、彼は右手を上げながら
言った。
「まあ、そう言うとは思ってたんだかね。仕方ないから、腕ずくでやらせてもらわぁな。」
首領格の男がそう言っている間に、私の周りを同じような格好をした男達が取り巻いた。
どうやら数で押す気らしい。
そのまま眺めていると、一番始めに私に話しかけた男が叫んだ。
「やれっ!」
ここで朽ち果てるのもいい・・・・・・
ぼんやりとそんなことを考えていた。
しかし―――
突き出された剣の切っ先を私は迅速に交わしていた。
―――なんだ!?
意識してやったわけではない。交わしたと意識したのは、交わした直後のことだった。
次々と襲い来る刃を、私の体はなんなく交わしていた。
そうするつもりはなかったのに、だ。
途切れない攻撃に、私は持っていた剣で応えた。
一振りで、軽く人が血しぶきとともに吹き飛んだ。
―――面白い。
そんな危険な思いが私の心の中を占める。
心地よささえ感じる。
血に酔うとはこういうことか。
最初の二人を除いた全てを地に這わせ、私は右手に下げたままその場を後にしようとし
た。そもそも、彼らの戦意が削げればよかったのだ。これ以上、剣を振るう理由もつもり
もなかった。
背を向け、再び歩き出す私に、首領格の男が声を掛けた。
「ま、待ってくれ。頼む!」
「―――人を殺める趣味はない。」
気だるい自分の声がじだを打った。
「いや、殺してくれって言ってるわけじゃあねぇ!・・・その、・・・俺を、あんたの手下にし
て欲しいんだ!」
「お、俺も頼みやす!貴方様の腕に心底惚れやした!」
・・・・・・なんだか妙な具合いになった。
まあ、別に足手まといになれば置いていけばいいだけだ。いざとなれば盾として使っても
誰も文句は言わないだろう。
ただ、こうもあっさり 寝返るとは・・・
「隙を見て・・・などとは思わないことだ。察するに、お前達はかなりの手練れ。仲間を殺さ
れてそのまま引き下がれるとは思えん。・・・違うか?」
二人は苦々しい表情を浮かべていた。図星だったようだ。
「一つ言っておく。人にやられて嫌なことは、人にはしないことだ。」
身動きできないでいる二人を置いて、私は再び歩みを進めた。
一昼夜歩き通して、ようやく建物が見えてきていた。
「あそこは、ロワールです、親方。」
何故か付いてきた盗賊が、丁寧語で私にそう告げる。
「ところで、親方の名前は何ていうんですか?」
「―――知ってどうする。」
視線を前方の街に向けたまま、私は賊に問う。
「い、いえ、これからお供するのに名前を知らないのはどうかと。」
「ちなみにあっしはティム、兄貴はポッシュといいやす。」
「・・・・・・。」
あまりに不釣り合いな名に、一瞬私は絶句した。
「ど、どうしたんですか?」
「―――顔に合わんな。」
私の言葉に、二人は顔を見合わせた。
「まあいい。私に名はない。・・・正確には思い出せないだけかもしれんがな。名前で呼び
たいのなら、好きに呼ぶがいい。」
名前・・・・・・気が付いたときからずっと思い出そうとしているが、どうしても思い出せなか
った。
・・・あるいは本当にないのかも知れないが、そんなことはもうどうでもよくなっていた。
今、一番知りたいのは、あの言葉についてだった。
『未来は誰にも分からない!だから面白いんだ』
―――どういう意味だ。未来が分からないのは当然のことだ。だが、未来を面白いと感じ
ることなどない。未来とは過去とともにある必然的なものだ。それは裏
と表、生と死、光と闇と同じような性質のもの。
「そ、それじゃあ・・・えーと」
「ポロンっていうのはどうでしょう、親方!」
・・・あまりに自分とは掛け離れたイメージの名前で呼ばれて、私の思考は完全に途切れ
た。
「・・・センスの欠片もない名前だな。」
「そうでやすかねぇ・・・」
「分かりました、じゃあ、今晩考えてみます!」
「それはそうと―――」
大分間近になったロワールを見ながら、私は言った。
「とりあえずは、着るものだな。」
「・・・と、言いますと?」
私は意味ありげな視線を二人に送ってみた。
「お前達には、簡単だろう?」
「いや、あの・・・」
「心配するな。私が疑われることも、咎められることもない。」
「いや、そうではなくて・・・」
ポッシュが言い難そうに、頭を掻いている。
「お前達は、これまでさんざんやってきたのだろう?悠久の歴史の流れからすれば、今
更罪が一つ増えたところでさして変わりはしないだろう。」
「いえ、あの・・・」
「あっしらの立場というものはどうなるんでやすか?」
おずおずと訪ねるティムに、私は断言した。
「・・・そんなものは用意していない。」
二人はもはや何も言わずに、がっくりとうなだれていた。
―――
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