第1章 旅立ちの時 1. 「ええ〜〜〜っっっ!!もう行った!?」 家の外にまで聞こえる大音響。少年の叫びは、かなり切羽詰ったものだった。 普段なら、翡翠色の双眸の映える整った顔立ちが拝めるのだが、今は腫れぼったい瞼と寝 癖で逆毛状態になっている茶髪のせいで、なんとも壊れた顔になっている。 「ええ。あんたがあまりもよく寝ているから、そのまま寝かせておいてあげてって。」 「いつ!?」 旅立ちのその日、不幸なことに彼は幼馴染との待ち合わせ時間に目を覚ましたのだった。 「ああ、ついさっきよ。急げばまだ間に合うかもね。」 「いっ、いってきますっっ!!」 ドタドタと足を踏み鳴らしながら、彼は2階の自室へと再び走った。寝癖を直すのも忘れて、 彼は急いで服を着替える。自分はなんて付いていないんだと思いながら、またドタドタと下 に降りてきた。 「ちょっと、その格好で行く気なの!?」 もはや母親の非難など聞き流すのみ。普段なら多少は聞いたかもしれないが、今は本当に そんなことに構っている余裕などはなかった。 ドアのところに置いておいた麻袋を強引に掴むと、少年は家の扉を閉めた。近く の小川で 乱暴に顔を洗うと、橋を渡って畑に向かってひたすらに走る。 「父さーーん!!」 「ん?ロイ、戻ってきたのか?」 すでに畑で仕事をしていた彼の父親、ライはのんびりと自分の息子・・・ロイのことを眺めた。 「こ、これ・・・から、いって、きます。はあ、はあ・・・」 激しく息をしながら、ロイは言葉も切れ切れに言った。 「なんだ、おまえ寝坊したのか?しょうがないな。おまえも、ルベスも 。まあ、あの子もフ ージュによく似ているからな。ルベスに馬鹿にされ ないようにしっかりするんだぞ。」 呆れたように、ライは言った。だが、よくあることなのか、それともロイが急いでいることを気遣 ってか、それ以上のことは何も言わなかった。 「わ、分かってるよ。っそれより父さん、約束は?」 「ああ、そうだったな。来なさい。」 ロイの父親ライは、鍬を置くと、足早に歩いた。ロイは素直に付いていった。父親が足を止めた その場所は村のはずれの、通称「お化け屋敷」と呼ばれている小屋だった。何でも、昔その 中で遊んでいた友達が、その中で不気味な声を聴いたことがあるらしい。好奇心の強いロイだ ったが、実は一度もそこに足を踏み入れたことはなかった。 「さあ、この中だ。」 「ええ、こ、この中?」 「そうだ。さあ、自分で中に入って、自分で取って来るんだ。」 躊躇するロイを、突き放すようにライは言った。その父を、頼るようにちらりと見てみたが、返っ てきた視線に変化はなかった。 ロイはしぶしぶ中に入っていった。中は、ぜんぜん日の光が入ってこ ないため真っ暗だっ た。恐ろしさをこらえながら、冷たく漂う空気の中 をロイは進んだ。あまり夜目の効かない 彼だったが、なんとか手探りで、父の槍を探しあてることができた。 そう、約束とは、ライの槍を貰 うことだったのだ。 「父さん、見つけたよ!!」 と、ロイは小屋を出ようとした。しかし、扉はいくら引っ張っても開かな かった。ロイの頭を 不安がよぎる。 「まさか、・・・・・・魔物が・・・?」 ロイは槍を構えて扉の向こうの気配を探ったが、殺気は感じなかっ た。 「まさか、なあ・・・・・・。」 楽観的なロイがそう考えた刹那、どこからともなく”声”が聞こえた。 「おまえがライの息子・・・・・・。我が一族に滅亡をもたらした者の・・ ・・・・。許すまじ・・・か ならずや・・・・・・・・・。」 「ロイっっっ!!どうしたんだっ!!」 ”声”は途中で父親の声によってかき消されたが、その言葉が示すところは、だいたい想像 がつくものだ。 ―――命をねらわれている・・・・・・・!! しかしながら、そう思うのが普通なのだが、なにしろロイはお気楽お調子者のライの息子で ある。”声”はすぐにきえてしまったので、それは、 「・・・なんだ、空耳か・・・・・・。」 で済まされてしまった。 今の彼の頭の中を埋め尽くしていたものは、”ルベス”の三文字だった。 ロイは勢いをつけて扉を跳ね飛ばし、そのまま駆けていき森の中に消えていった。あとには、 目を丸くしたライの姿と、ロイの声が残った・・・。 「父さん、行ってきます!!」 |