第1章 王都、炎上


1.

・・・・・・フレイン村から遥か遠くにある都市、ヘムンブルグ。北と南が山で囲まれた、闇

の大陸の中で最も栄えている城下町である。

ルベス達がフレイン村を発ったこの日、もう一つの旅立ちがあった。ことの始まりは、数

か月前にさかのぼる。

数か月前のその日、ヘムンブルグの王ジェイス5世 は、多くの国の騎士を解雇した。そ

の中に彼、レイド=フレデリクスはいた。

金髪碧眼の結構な美形の彼は(ただし、無類の女好き)、国で1、2位を争う程の剣士

であり次期の騎士団隊長になるだろうと噂されていた。やるせない気持ちで、彼は城を

後にした。


いつものように彼は城をグルッと半周すると、裏の通りを真っすぐに歩いていこうとした。

その時、ふと彼は振り返って、もう入ることはないだろう城の姿をまじまじと見た。

ひびの入っている外壁、それを所々覆っている、見事に青々と茂った・・・・・・それらは

いずれも、時という永久不変 に流れていく存在(もの)のみが成得る業を、見事に刻ん

でいた。視線を 徐々に上げていくと、美しい、だがやや悲しい顔をした令嬢の姿が目に

映った。

・・・美しい令嬢!?

彼は思わず目を丸くした。

開け放たれた窓から、確かに年のころ16、7歳の女の子が、顔を出して夕日に染まる

地平線を眺めている。程なくして、彼女は自分を見ている一人の騎士に気がついた。彼

女は何のためらいもなく、レイドに向かってほほ笑み、手を振った。彼も、それに応える

かのように軽く手を振った。と、その時だった。

「おまえ、そこで何をしている。城に用の無い者は、立ち去れ。」

偶然やって来た警備兵が、彼に注意をした。そして、窓辺を睨みつける。

「あ、あぁ、いえ、もうこの城に入ることは無いんだなって思ったら、なんちょっと・・・・・・

・・・。」
曖昧に彼はこう答えると、そのまま裏の通りをややはや歩きで、歩き出した。 右手の路

地に入ろうとした時、彼はもう一度城を振り返った。

しかし、その窓は閉じられていた。

それから、彼は幾度かその令嬢に手を振り返すことがあった。しかし、城の中を毎日の

ように歩き回っていたのに、彼は彼女が誰なのか、心当たりが無かった。



そして月日は過ぎ・・・・・・・昨日の夜遅くのこと。

レイドは人々が騒ぐ声で起こされた。何事かと、彼は家の外に出てみて驚いた。

赤々と燃える星空・・・・・・それを見て彼は直感した。

「城が、燃えている!!」

あの女の子は大丈夫なのだろうか、彼の心を不安がよぎる。レイドは取り敢えず、近く

にいた人に状況を聞いてみた。それによると、どうやら王宮にいる人々は全員無事に避

難したらしい。しかし・・・・・ 彼は群がる人を押しのけて、裏通りに出た。そして遠目でよ

くは見えないが、窓が開け放たれていることに気がついた。

「ま、まさか・・・。」

彼は城に向かって駆け出した。近くにあった噴水に飛び込み全身を濡らすと、燃え盛る

城の中に飛び込んでいった。幸い、外壁まではさほど燃えていない。彼は蔦の茎を掴

むと素早く上っていった。窓辺に手をつき、勢いをつけて彼は中に飛び込んだ。

部屋全体が、火に囲まれていた。そして、目の前にドアを賢明に開けよとしている女の

子の姿があった。

「だ、大丈夫ですか!?」

レイドの声に気づいて、彼女は後ろを振り向いた。

「・・・あ、あなたは確か・・・。」

鈴を転がすような、しかしやや震えた声がレイドの、耳に届く。

「ここは危険です。早く城の外へっ!」

レイドは戸惑う女の子の手を取ると、窓辺に急いだ。しかし、ときは既に遅く火は城の周

りを覆っていた。

「くそ、遅かったかっ!!」

レイドは少々荒々しく舌打ちした。眼下には、人々が群れている。とてもその中に飛び

込むことは出来ない。

「あの、扉が・・・。」

「・・・扉・・・?・・・そうか、中からっ!」

彼はつないでいた手を離すと、勢いをつけてドアに向かって突進した。

「はぁっ!」

掛け声とともに、ドアは大きな音を立てて倒れた。途端、炎の渦が彼に迫ったが、幸い

にも炎に巻かれることはなかった。レイドは上着を脱ぐと女の子にかけた。

「さあ、早く行きましょうっ!!」

「・・・は、はい・・・。」

レイドは女の子を抱きかかえると、そのまま急いで部屋を出ていった。しかし、 目の前

は炎の渦で、どこに行ったらいいのか彼にはさっぱり分からなかった。

「きみ、出口がどこか、分からないかい?」

当然分かるだろうと思ってきいた彼だったが、意外な答えが返ってきた。

「・・・・・・ごめんなさい。私、あの部屋から外に出たことが無くて、このお城のこと、何も

分からないの・・・。」

「・・・え?」

レイドは驚きのあまりしばし呆然としていたが、何かが崩れ落ちるような音で我に帰っ

た。とにかく今は逃げることを最優先にした。

「こ・・・ここは見覚えがある。確か王室に行くための通路・・・・・・。」

そして、彼は城の中央にある螺旋階段を見つけた。あとは降りて入り口の扉を抜けるだ

けであ。

・・・・・・・・・・・・・しかし。

「・・・なっ」

「か、階段が崩れている・・・・・・。」

どこかの誰かと同じように楽観的な彼の脳が、やっとまともに動き出した。ここを降りな

い限り、城を脱出するのは無理である。

「・・・・・・・飛び降りるか・・・。」

一瞬迷った彼だったが、一か八か飛び降りることにした。

「しっかり私に捕まっていてくださいね。」

途端、レイドの首にしがみつく少女。多少苦しくなりながら、彼は崩れ落ちずに残た階段

の一部を降り始めた。そして、最後の一段に来たときに、深呼吸をしてむせかえった。

「・・・じゃあ、行きますよっ!」


そして、覚悟を決めて飛ぼうとしたその刹那・・・・・・・・・・・・・・・・。

残っていた階段が崩れていった。

「きゃああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

「う、うそだろぉぉぉっっ!!」

・・・・・・・・・・・・二人は叫びながら、下へと落ちていった。





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