2. 近づいてみると、それはやはり何かの役所のようだった。 角をぐるっと廻り正門を見つけて、ようやくそこがなんなのかがわかった。 「防護壁管理署・・・・・・?」 どうやら防護壁を管理している役所のようだが、防護壁とはいったいなんのことだ ろうと、レイドは首を傾げた。 港に入る前、ラムドの全景が見えた。目の前には港に続いて市が広がり、光方 向には赤茶色をした立派な城が見えた。だが、島をとり囲むような大規模な壁は、 見られなかったはずだ。 船から見たラムドの光景を思い出していると、シェルファーが彼を呼んだ。彼女が 指さす方を見てみると、そこには、赤レンガの壁が視界を遮っていた。よく見れば それは、その場所だけでなく、左右に遙か先まで、まるで島を縦断するように伸 びているのだった。 「ここで行き止まりなのかしら?」 「いや、ラムドはもっと大きい国だと聞いていたけど・・・」 王都ラムドは島国とは言え、その大きさはヘムンブルグの倍はあると聞いていた のだ。ここまででは、ヘムンブルグと大差ないだろう。とすれば、向こう側にもな にかがあるはずなのだが・・・・・・ そこまで考えて、レイドはこの国が、二人の王によって治められていたことを思い 出した。城もそれぞれにあると聞いていたが、そういえば一つしか見えない。 この壁の向こう側にあるのは、もう一人の王のいる城だろうか? 「この国は初めてかい?あんまり防護壁に近づかない方がいいよ」 壁を眺めるレイドたちに声を掛けたのは、若い兵士だった。 「向こうには、物騒な輩が多いからね」 「向こうにはいったい何があるんですか?」 彼女の問いに、兵士は・・・おそらく、何度も他の旅人たちに聞かれて嫌になって いるのだろう・・・短く、要点のみを答えた。 「もう一人の王と、その王に従う人々の街があるのさ」 それ以上訊かれたくなかったのか、彼はそそくさと歩いていってしまった。防護 壁の辺りは閑散としており、他に事情を聞けそうな人もいなかったので、二人は 街の宿屋で落ち着くことにした。 「うわぁ・・・・・・いい眺めですね」 広場に面した宿の3階にある客室からの眺めは、格別なものだった。眼下には 広場に集まる露店や人々が、目の前には碧々と地平線の果てまで広がる海が、 そして右手にはラムド城が一望できた。 シェルファーは、先ほどの防護壁のある左手の方を振り返った。防護壁は人二 つ分ほどの高さがあったが、ここからならばその向こう側を見ることができた。 「レイドさん、あれが、もう一つのお城でしょうか?」 視線の先には、黒々とした大きな城が天を突き刺すかのごとく、鋭く建っている。 光の大陸を背にしたもう一つの赤い城と異なり、闇の大陸を背にして建ってい るその城は、見る者に少なからず畏怖の念を抱かせた。 「お客さん、観光かい?」 気さくにそう話しかけてきたのは、若くてボーイッシュな宿の女将さんだ。少し癖 のあるブロンドの髪を後ろで結い、使い込まれたベージュのエプロンを身につけ ている。その首に巻いた赤いスカーフと、合わせたように赤い瞳が印象的だった。 「ええ、さっき着いたばかりなんです」 「それはそれは。そういえば、魔物に襲われたんだって?大変だったねぇ」 その女将さんの言葉に、シェルファーが俯いた。 「はい・・・、俺たちの仲間が一人、それで行方不明になりましてね・・・・・・」 「あら、・・・ごめんなさい。じゃあ、あなた達だったのね、魔物を倒した二人の戦士 っていうのは」 「俺たちだけじゃないんですよ。他にもたくさんの人々が戦って下さったおかげで、 怪我をした人は誰もいなかったんですから」 静かに下を向いて何も言おうとしないシェルファーの様子を見れば、レイドがわざと 明るく振舞っているということくらい、これまで数多くの国内外の客を相手にしてき た宿の女将には、察しがついたのだろう。シェルファーを元気付けようとしたのか、彼 女はシェルファーの肩を宥めるように軽く撫でた。その、肩に触れた一瞬、シェルファ ーナの体が僅かに強張ったようにレイドには見えた。 「大丈夫。きっとその大切な人は、どこかで生きてるよ」 怪訝そうに女将の顔を見上げる彼女に、女将はにっこりと微笑みかける。 ゆっくりと、頷くシェルファーを見て、ほっと少しだけレイドは安心した。 今は少しでも、シェルファーナを落ち着かせたい。 それが、彼女を・・・・・・守ることになるのだと、レイドは信じている。 シェルファーの顔と、懐かしい、アリアの顔とが僅かに重なった。 「それじゃあ、ゆっくり体を休めていってくださいね」 女将は、運び込んだ荷物の整理を簡単に済ませると、階段を降りていった。下で 誰かに呼ばれたのか、それともお客がやって来たのか、大きく返事を返すのが聞 こえた。 「気さくで、爽やかな人だね、ここの女将さん」 「そう・・・ですね」 シェルファーナの言葉に、なにか違和感を感じて、レイドは小首を傾げた。 「ん?・・・・・・どうしたんだい、シエル」 「いいえ、・・・ただ、ちょっと手が冷たかったから・・・・・・」 ああ、と彼女の言葉を聴いて、レイドは頷いた。おそらく、肩に触れられたときに彼 女が震えたように見えたのは、女将の手が冷たかったからなのだ。 「仕事がきっと大変なんだ。僕のところのお手伝いさんもそうだった」 レイドはドアを閉めて女将さんが運んでくれた荷物をベッドの脇に移動させると、窓 際のテーブルのところに置かれた椅子に腰を下ろした。目の前には、青々とした海 と、ラムド特有の赤レンガの家々の屋根が続いていた。 窓から吹き込む緩やかな潮風はとても心地よく、追われる身という不安な気持ち を少し間だが忘れさせてくれた。 |