第2章 解けない氷 1. 二人を乗せた馬車は山道を緩やかに下っていた。 ルベスは窓から身を乗り出して風に当たりながら、過ぎ行く景色を眺めていた。一 方ロイの方は、白い小動物―――レミングと遊んでいる。 ラインハルトを出て半時ほど経っただろうか。さして変わらぬ景色に飽きたルベスは、馬 車の中に落ち着こうとして御者の異常に気 が付いた。風に揺れる袖の隙間から、刺青 が覗いているのを彼女の双眸は見逃さなかった。 「ロイ、ちょっと・・・」 ルベスは小声でロイに告げる。二人は馬車がいつの間にか上りになっていることに気が 付いた。ラムリリ−スは海の町。そこへは当然、下りの道になるはずである。しばらく話し 合った後、二人は手近の荷物を手に取り、地面に落とした。そして視界から荷物が消え てからロイは御者に声を掛けた。 「御者さん、あの〜」 用を足すために馬車を止めさせると、二人は別々に茂みの中へ入っていった。もちろん 御者は、このとき二人が逃げるために馬車を止めたということに気付いてはいない。ロイ とルベスは茂みの中を通り、無事荷物のところで落ち合うことができた。 「とにかく、来た道を戻ろう。あの御者が追ってくる前に。」 頷いて、ルベスも駆け出した。 大分息が荒 くなってきた頃、二人は別れ道になっているところを見つけた。幸いなことに 、そこには立て看板があり、ラインハルトへの道とこれからロイ達が向かうラムリリ−スへ の道案内がされていた。 「こっちへ行けばいいんだな。・・・でもここからあと馬車で半日。ていうことは―――」 「徒歩だったらあと少なくとも3日 はかかるわ。通り道に村があればいいんだけど・・・」 ラインハルトからラムリリ−スへの主要な移動手段は馬車である。奇術を知っている神 官学者ならば、移動呪文を使うかもしれないが、無論彼らにそのような離れ技はできな い。旅に慣れた者でさえ馬車で移動するのは、この道の周りに村がないためと、賊が縄 張りとしているからである。 「とりあえずラムリリ−スに向かおう。途中で馬車に会えるかもしれないし。」 「・・・でも、あまり時間は稼げなかったみたいね。」 見れば、なにやらがらの悪い男たちが二人に近づきつつある。その中にはもちろん、御 者の顔も混じっていた。 「さて、どうしようかしら。」 「・・・僕として は、とりあえず火の玉を一発。でも目的を聞いてみてからでも遅くはない かな。幸い、アイツはいないみたいだし。」 話をしている間にも、賊との距離は狭まっている。反対方向からは来る様子がないので 、どうやら挟みうちにするつもりではないようだが・・・。 「今度は何が目的なの?貴方たち。」 ある程度 の距離になって、ルベスは男たちに話しかけた。 「いや、俺たちは何の命令も受けてない。ただ、旅人から身ぐるみを剥ごうっていうだけ だ。場合によっては、 命もな。」 先頭にいた男が歩きつつ言った。 「なるほど、じゃあここでなんとか片をつければ、取り合えずは先へ進めるっていうわけか 。」 二人は荷物をその場に置き、 ロイが槍を構え、ルベスが小声で詠唱を始める。 「どうやら、やるしかなさそうね。ロイ!」 二人は顔を見合わせ頷くと、それぞれ二手に別かれて攻撃を仕掛けた。 ルベスの呪文が 早かった。 「ファイア・ボ−ル!」 紅蓮の炎が弾けとび、ロイの突きが炸裂する。 吠えて迫ってくる男たちを、ルベスは老人から貰い受けたセラミック・ソ−ドで切り伏せた。 「―――凄い軽い。小枝で切っているみたい・・・。」 しかも、返り血を受けても瞬時に弾いて、剣の表面には曇り一つ残らなかった。彼女が 剣に見とれていた一瞬の隙をついてきた攻撃も、なんなく交わすことができるほど、その 剣は彼女に何の負担もかけなかった。セラミック・ソ−ドは、まさに彼女のための剣であ った。 「はあっ!」 戦いが始まってから、ロイの槍が最後の男を地に這わせるまで、さして時間はかからな かった。 「・・・さてと。片 もついたことだし、早いとこ、ラムリリ−スへ行こうか。」 ロイが槍に付いた血糊を拭い落とすまで、ルベスは剣を見ていた。刀身はまるで鏡のよ うに彼女自身 を写し出している。 「・・・ルベス?」 なかなか答えないルベスに、ロイが再度声をかける。 「・・・あ、そうね。ラムリリ−スへ向かいましょ。」 荷物を手にとり、二人はラムリリ−スに向けて歩き出した。 山道は空気が薄い。平なところでも、長い間歩いていると思いのほか体力を消耗する。 そのため、時間が早く経っていくような錯覚に陥る。 二人とも生まれてからいままで山の合間にある村で暮らしていたためその環境に慣れて はいるが、やはり荷物があると疲弊し易いようだ。 「もう結構歩いてるけど・・・あとどれくらいあるのかな、ルベス。」 「知らないわよ。・・・でも、陽がまだ大して傾 いてないから、そんなにまだ歩いてないみ たいね。」 ロイが根を上げた。 「休みながら少しずつ行ったほうが、賊に襲われそうになった時に対処できるわね。」 「でもそれより、今日休む場所を探さないと・・・ラムリリ−スに着けそうにないよ。」 同情するように、ロイの肩の上でレミン ングが跳ねた。 とにかく二人は歩くことにした。馬車が通ったら乗せてもらう。それまでは辛抱することに した。 |