シリウス 番外エピソード23
「闇の淵を彷徨う者」


 ―――裏切り者に会えるのはいつになるのだろうか。


小さな宿の、狭く薄暗い一室で、青銀色の長い髪をゆるく左肩に垂らしたその人影は呟い

た。その風貌と物腰から判断してしまえば、女と間違えられても仕方のないことだろう。事

実、今日もこの宿の主人に間違われたばかりである。だが、その体格の硬さと声の質は、

明らかに男性のものであった。

 読んでいた書物から目を外して、窓の外を見つめた。ランプの光に、男の銀色の双眸が

橙に染まる。・・・・・・だが、外の景色は判然としなかった。

彼は書物をテーブルに置いて立ち上がり、窓の方へと歩みを進めた。そして、音を立てな

いよう、僅かに窓を押し開けた。

 外は霧雨が降り、そして辺りはひんやりと、霧に覆われていた。

「・・・・・・」

 無言でしばし佇んで、男は霧の中の町並みを見つめていた。すると、どこからともなく低く嗤

う声が聞こえてきた。だが、彼の周りには何者もいなかった。

「・・・・・・何がおかしい?」

 声の主にそう訊く男の声は、決して独り言のように小さなものではなかった。明らかに、誰

かに向けての問いだった。

「思い出していたのだろう?デルタ。・・・・・・我の住処を」

 返ってきた答えもまた、確かにその存在の有無を伝えていた。だが、やはり姿は見えない。

デルタと呼ばれた男は、遠く窓の外に視線を向けた。彼の場合、その行動は度々肯定を意

味するが、その様子に、姿の見えない者が再び低く笑った。

「からかうのも、ほどほどにしたらどうだ?」

 嘆息しながらそう言う彼の言葉に、姿見えなき者は意外と素直に笑うのを止めた。

「明日も早い。もう寝よう」

 窓を閉め、部屋の明かりを消したデルタは、一枚しか用意されていない毛布の中に潜り込ん

だ。まだ、季節は春を迎えたばかり。名もない村に1軒のみ佇む質素なこの宿に暖炉はなく、

用意された寝具も粗末で、肌寒い夜を過ごすには心許ないものであった。

 そして、ひんやりとした空気と、身体をまるで冷水のように包んだ毛布が、再び彼の脳裏に古

い記憶をよみがえらせていた。



 小雨が降る中、デルタは体を引きずるようにして、前へ前へと歩いていた。

手荷物はない。無意識のうちに手放していたのだ。服はところどころ泥に汚れ、破れ、そして

乾いた血糊に汚れている。その彼を心配そうに見守りながら、後ろを付いてくる姿があった。

虚空を小さく光るその姿はまるで、”妖精”のそれであった。

「・・・・・・シルフィード」

 小さく呟いたその声に、それは答える。

「はい、デルタ様」

 妖精の主はデルタだった。妖精は疲弊した風の主の顔を、心配そうに覗き込んだ。

「ここで、いい。・・・・・・ご苦労だったな」

 その主の言葉に、妖精は悲しみの声を上げた。

「そんな・・・・・・!」

「もう、お前に迷惑をかけるわけにはいかない。・・・ここで、お別れだ」

 涙に頬を塗らした妖精・・・彼女に、デルタは僅かに微笑みかけた。

「シルフィード・・・・・・もしも・・・もしも私が、生まれ変わることができたら、また、仕えてくれ

ないか?」

「勿論です・・・・・・マスター」

 嗚咽する妖精の頭を左手で軽く撫でると、デルタは手を離し、小さく送還の呪のための印を切

った。

「我、召喚師デルタの名において、汝、風精シルフィードとの契約を解く・・・・・・」

仄かな白い光に、シルフィードの身体が包まれると、そのまま彼女の姿は静かに辺りの霧の中

に消えていった。



 デルタの頭の中を覆っていた靄が動きを止めたのは、彼が開けた場所に出たからであった。

そこにはかなり濃い霧が、立ち込めていた。

躊躇うこともなく、デルタはそこに足を踏み入れた。足元の草は、水気を含んでいる。

 しばらく歩いていたが、踏み出した足先が水を軽く切ったことを感じて、彼は足を止めた。どうや

らここは、湿原のようだ。そして彼は、その時初めて、この付近だけ静か過ぎることに気がつい

たのだった。


野鳥の声も、虫の音も、一切の音の絶えた、不可思議な場所――


 思わず背後を振り返ってみたデルタだったが、視界はすぐそこまで白い霧で遮られていた。

・・・・・・まるで、立ち止まることは許されていないかのようだった。


・・・・・・墓場とするには、ちょうどいいかもしれない。

誰に荒されることも、誰に知られることもない場所。


 そう、この森の中を彷徨っていたデルタが探し求めていたのは、死に場所だった。


いや・・・・・・もしかしたら、もっと前から。


 水場を避けず、彼は足を踏み出した。

体重をかけた右足が、ゆるく底に沈んだ。

 そして左足が、水底に沈む。右足、左足・・・・・・。歩を進めるごとに、水に浸かる部分が増え

ていく。そして、やがて――

「ここが、終わりか・・・・・・」

 背中まで水に浸かり、脚全体が水底の泥に沈んだところで、デルタは歩みを止めた。

もはや、動く必要はない。あとはただ、勝手に沈んでいくのを待てばいいのだから。

そこは、紛れもなく底なし沼であった。

デルタは水面に右の頬をつけた。



 ――ひんやりとした石の感触を、デルタは頬に感じた。

ぼんやりとする意識を集中して、目をゆっくりと開けた。そして、どうやら自分は今うつぶせに

寝ているのだということを知覚した。

 頭を軽くもたげてみれば、辺りは暗く、ひんやりとした空気に覆われていた。手に自分の寝て

いる石の感触を感じてようやく、自分がいまどうしてここにいるのかという疑問が頭の中に沸

き起こってきた。そして同時に、ここはどこなのか、という疑問も。

「気がついたか―――」

 唐突に響いたその声は、今まで彼が耳にしたどの声にも勝って低いものであった。そして彼

は、自分が沼に沈んだと言うことを思い出していた。・・・・・・となれば、自分は図らずも、誰か

に助けられたのだろうか。

 ふと、デルタは声のした方を振り返り、闇の中を凝視した。というのも、強い、何者かの気配を

感じたからだった。

「誰・・・だ・・・・・・」

 虚空に向けてそう問うた彼の声は、掠れていた。視線の先の闇の中がぶれ、何かが現れた。

のどの渇きに、唾を飲み込もうとしたデルタだったが、目の前の存在の正体を見た瞬間、体が

凍りつき、すべての動作を忘れた。

「ま・・・さ・・・・・・か」

 忘れもしない、その姿。

闇を凝集させたかのような黒い巨体に、大きな翼。鋭い鉤爪と牙もやはり闇色だ。

その中でただ一つ・・・見開かれた金に輝く瞳は、あらゆるものの心を読み取ると言われ、口

から吐く息はあらゆる生きとし生けるものの命を吹き消すと言われている。


 忘れはしない。

13年前、彼の村を襲い、そして彼の背に十字の傷を負わせた、魔竜クロウクルーウァッハ。

「久しいな、小僧」

 言うなり、魔竜はその鉤爪をうつ伏せになったデルタの背に近づけた。咄嗟に、交わそうと身

を動かしかけたデルタだったが、爪が背に触れた途端、全身に走った激痛に再び倒れこんだ。

 何が起こったのか、デルタは漠然と分かっていた。おそらく、彼の背中の傷となんらかの拘わ

りがあるのだろう。


 痛みに動けずにいるデルタだったが、今度は唐突に鷲掴みにされた。指には力はさして入って

いないものの、まるで獲物を捕らえるかのような扱いで、魔竜の元へと引き寄せられた。デル

タは、徐々に自分の力が奪い取られていくような奇妙な感覚に囚われた。どうやら、光属性の

彼に、魔竜の放つ闇は強すぎるらしい。抵抗する力も奪われ、デルタはただじっと耐えることしか

他にできなかった。


 だが魔竜は何を思ったのか、幸いにも掴んでいた手を離したのだった。

どうにか着地したデルタは、両手両膝をついてどうにか身体を支えた。呼吸を整えて、遥か上

に漂う闇を見上げた。

 ・・・・・・倒すしか、ない。

もはや逃げ出すことは許されず、そして風精を手放してしまった彼に、今の状況を打開する方

法は限られた。だが、やらなければならないのだ。


 失った多くの命のために。


 彼に残された唯一の方法は、召喚獣を捕らえるときに使う、”眼力”だった。眼力の強さは、

魔力に比例する。もう、残っているすべての魔力を使うしかない。

 虚空を睨んだデルタの瞳に力が宿り、そこに金色の光が帯び始めた。

その力に、眼前の闇が揺れたように見えた。・・・・・・彼の眼力が、魔竜を捕らえたのだ。


―――だが、安心したのは束の間のことであった。

次の瞬間、闇の中から現れた金色の双眸に、デルタの意識は捕らえられていた。

脳裏が暗く染まり、何も考えることができない。

「・・・・・・クロウ・・・クルーウァッハ・・・・・・様」

 口から紡ぎだされる声は、理解することも許されず、虚しく頭の中に響くのみ。デルタは、眼前

の闇に、頭を垂れた。

「眼力を使えるのが、己のみだとは思わぬことだ」

 発せられた声もまた、デルタの耳を通過するだけであった。

「来い、デルタ。わが元へ―――」

 魔竜に支配されたデルタは、ふらふらとした足取りで、その闇の中心へと近づいた。そして、ま

るで安息の場にたどり着いたかのように、その身を魔竜に任せたのだった。深く息を吐きなが

ら、彼はゆっくりと瞑目した。


 彼の身体を、魔竜の身体から沸き起こる闇が覆い始めていた。

だが、瞑目したのは幸いだったと言うべきなのだろうか。その瞬間、魔竜の支配は切れていた。

徐々に、デルタの意識もまた戻りつつあった。

「・・・・・・っな」

 自分の置かれた状況に愕然として、デルタはその場を離れようと身を翻した。・・・・・が、それは

許されなかった。

 目の前には、デルタの身の丈ほどもある黒い爪が、彼を逃がすまいと構えられていた。そして

踏み出した彼の四肢は、魔竜から伸びた闇に、まるで触手が絡みつくように束縛されていたの

だ。そのまま、デルタの抵抗よりも強い力で、彼の身体は闇の中に引きずり込まれていく。


――まずい


このままでは、魔竜の餌食となる。・・・13年前の、あの時と同じように。

 だが身体を覆う闇のためか、デルタの意識は苦痛だけでなく不思議な・・・だが決して清浄では

ない安らぎに満ち、輪郭のぼやけた曖昧なものとなっていた。判断能力が落ちていき、動作を鈍

らせる。

 そして非情にも、目前の闇が完全にデルタの瞳から光を奪ったとき、彼の意識もまた闇の底へ

と沈んでいったのだった。



 ――感じられるのは、身体を覆う生暖かい何かと、耳朶を打つ低い・・・規則正しい、低い鼓動。


暗闇の中、デルタの意識がうっすらと戻っていた。だが、ここはどこなのだろうか――


 僅かに目を開けても、なにも見えなかった。何も見えないのだが、確かにデルタの身体は動きを

封じられていた。そして、鼓動が聞こえる度に、身体の中を何かが流れていくような、そんな奇妙

な感覚が四肢を通り抜けていくのだ。


――・・・・・・ここはいったい・・・。


曖昧になる意識を集中させて、デルタは何が起こったのかを思い出そうとした。

・・・そして、思い至る。ここは、魔竜の体内なのだと。


自分は今、喰われている途中なのだと――。


 それが分かった瞬間、彼は溜め息を吐いていた。・・・安堵の溜め息を。

この身を噛まれ、砕かれ、裂かれて、肉片と化しても尚、意識の残ったまま苦痛とともに消えて

いく・・・それが、獲物の命だとばかり思っていた。・・・だが、実際は――


 この静寂と安らぎとに満たされた最期であるならば、生きていくことの方が余程辛いことだろう。

このような死に場所があるならば、あの時に受け入れていれば良かったのだ。

そうであれば・・・あのような、裏切り者に遭い、沢山の人をまた犠牲にすることもなかったはず

なのだ。

 助けることができなかった村人たちのことを思うと、苦しみが胸から溢れそうだった。だが耐え

ようとして代わりに溢れてきたのは涙だ。無力である自分が、あまりにも惨めで悔しかった。

 幸いにも、ここは魔竜の体内。無力な自分が息絶えるには最適な場所で、自決よりもよほど無

力な己に相応しい――



 だがそのまま眠りについた彼は、再び冷たい床・・・正確には、台座の上で目を覚ました。

「我と、契約を成す気はないか」

・・・デルタは死ぬことはなかった。

クロウクルーウァッハは、彼に闇を注入したようだった・・・傷ついた身体を癒すために。そして冷

たい台座の上で気がついた彼に、何を思ったのか魔竜はそう持ちかけた。

 ・・・冗談ではなかった。なぜ、仇と契約をしなければならないのか。そして、私を生殺しにした

魔獣と、何故。


 彼の返事を聞いたクロウはデルタをその洞に置き去りにして、しばらく姿を消した。

台座の向こう側は、浅い泉となって続いている。こちら側は、クロウの巣だ・・・とは言っても、特

に何があるわけでもない。草や羽毛が敷いてあるだけだった。食事は、別の場所でするのだろ

うか。

 辺りはほの明るい。ヒカリゴケがあるわけでもないのに、どこからか明かりが入ってきている。

そして上を見上げてみて、デルタは眼を疑った。暗い水面が見えるのだ。

 ここは、言うなれば彼の沈んだ沼の底。沼の水が、どうやら天井まで来ているようなのだが、何

かに阻まれているようにこの空間には落ちてこない。・・・不思議な場所だった。


 デルタは、泉の淵に膝を着いて、水面を覗き込んだ。そこに見えた己の姿に、彼は唇を噛み締

めた。

 銀を帯びた金髪が、すっかり暗い輝きの銀髪になってしまっていた。双眸も、同じく沈んだシル

バーグレイ。明らかに、クロウクルーウァッハが注入した闇の元素の影響だろう。

 変わり果てた己の姿に、デルタは無言で涙を流した。私が何をしたというのだ。何故、こうまで

して生かされている・・・?


 そしてデルタは・・・再び水に身を落とすも、三度魔竜に邪魔されることになった。


「なぜ、邪魔をする」

 捕らえられたデルタは、怒りと、悔しさと・・・虚しさに満ちた視線で魔竜を睨んで言った。注ぎ

込まれた闇の影響か、捕まれていても苦痛は感じなかった。

魔竜は言う。己で己が命を絶とうとするからだと。

「・・・・・・貴様に何が分かる」

 彼は視線をクロウクルーウァッハの眼に合わせる。金色の中に一筋の細く黒い瞳孔が走って

いる。それはまるで、魔竜の中に満ちる闇を覗くための亀裂のようだった。

その溝が、さらに細くなった。低い声が聞こえる・・・。

「貴様は面白い人間だ・・・小僧」

 どうやら、魔竜は笑ったようであった。金色の瞳はなお輝きを増して、微かに色の異なる虹

彩が一筋一筋、光の尾を描いて中心部の闇へと流れていく様が見えた。魔物の瞳とは、かくも

美しいものなのだろうか。

 デルタはその望みに反して魔竜の眼力を受けられずにいたが、そのことに怒りを感じることすら

一瞬忘れさせるほどの美しさであった。

「・・・我と契約を成せ」

「どういう、意味だ・・・」

 訝しむデルタを、再び魔竜は笑う。

「貴様は召喚師。・・・ならば、我と契約することの意味が分からぬわけはあるまい」

「・・・何が、目的だ?」

「真意が分かれば、納得するか――?」

 濡れた髪から、露がデルタの顔を伝っていった。問いかけに、彼は答えられない。

「・・・・・・お前は、私の・・・私達の仇だ。仇となぜ交わらなければならない」

「我が貴様を生かしたこと・・・それが全てだ」

 これ以上の答えは自分で見つけろ・・・どうやら、そう言いたいようだ。

そしてそれを知るには・・・・・・生きなければならない。

 クロウクルーウァッハは、デルタを台座の上に座らせる。

「貴様がどこで死のうが構わんが・・・我が巣の中でそれは許さん」

「ならば出口はどこだ」

「我を倒せば、教えてやろう」

 選択の余地が無い・・・そもそも、選択を与えるつもりがないようだった。デルタは黙して考える。

一度は失いかけて、失おうとしたこの命。この魔物と契約をしてしまいさえすれば、巣の外へ出て

から自決するも、例の双子の召喚師たちと決着をつけて死ぬのも自由だ。


 ――だがいずれにしても、まずはここから出ることが先だ。

「私が貴様との契約を拒み、貴様と戦うこともせずにただこの場で命尽きるのを待つとしたら、貴

様はどうする」

 クロウクルーウァッハの瞳・・・いや瞳孔が細まり、低い笑い声が響いた。

「我は、人の弱さを知っている。そして、我が目の前で貴様を死なせはせん」

 つまり、発狂して寿命か病気で死ぬまで、自分をここに軟禁する腹積もりのようだ。・・・大した物

好きとしか言いようがない。

「私の意見は無視なのか」

「貴様が捨てた命を拾ったのは我だ」

 デルタは溜め息を吐いた。諦めはついた。死に場所を選び間違えた自分の非としか、自分に言

い訳することができなかった。

「どうしても私と契約をするのだな」

 魔獣の瞳が、力を帯び始めた。

「貴様の顔には、遣り残したことがあると書いてある」

 呆れるほど正確に人の心を読み当てる能力だった。デルタに否定はできなかった。

「契約の代償には、何を望む?」

「貴様が手に入れるのは、我が力と自由。我は貴様の光・・・つまり貴様自身を喰らう」

 クロウクルーウァッハの答えに、デルタは微かに笑う。・・・では、魔獣に食い殺されることもあり

えるのだ。それもまた、悪い選択では無さそうだ。

 彼もまた、眼力をその視線に込め始めた。

「――我、汝と契約を望む者なり」

 それは、始まりの・・・力ある言葉。

「我が身にある力を汝に捧げ、我が契約の印をもって汝と契約を成さん」

 魔獣の姿形が、徐々に黒い霧へと崩れていく。――本性を現していく。

「その暗き闇の懐より生まれし、猛き闇の力を我に与えよ」

 今やクロウクルーウァッハの姿は完全な闇と化し、台座に腰掛けるデルタの周りを覆わんとし

ていた。

「我が声に応えよ。汝、真の名をもって我と契約を成せ」


――汝が声に 応えん


 契約の言葉の終わりと共に、黒い霧が勢いよくデルタの身体の中に流れ込んでいく。

その圧力に、堪らず彼は台の上に仰向けに倒れこみ、気を失っていた。



 ――それが、すべての始まりだった。

以来、クロウとデルタは行動を共にしてきた。双子の裏切り者を倒すことと、自分の村が襲われ

た理由を見つけることだけを考えて旅を続けているが、どちらも手がかりが掴めない。路銀を稼

ぎ双子の足取りを追うために通りがかった村ギルドの依頼をこなすということを、これまで繰り

返していた。


 ――耐えるしかない。・・・その時が、来るまでは。


生きてさえいいれば、必ず機会は巡ってくるはずだ・・・己が命の耐えるその機会が、必ず。

それが来ることが分かっているから、自分は今、生きていけるのだ。


 ――それまでに、裏切り者に会えるといいが・・・


静かな雨音の中、デルタの呟きは微かな声となって自らの耳朶に届く。

僅かに目を開けて相方の反応を待ってみたデルタであったが、だが、聞こえているだろうはずの

クロウは、もはや何も話そうとはしなかった。





――― END ―――


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